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農家生まれの文学少女。

ライターとして奔り出しました。

『だってつまんないんだもん。』は自分がつまらない人間だっただけでした。『楽しさ』は自分次第。~第1話 日常。

こんにちは、ゆるみな。です!

最近はマシュマロボディに憧れてマシュマロにハマっております(違う)

 

あなたは、今この瞬間を楽しんでいますか?

今日は少しだけ私の昔話に付き合って頂けたら嬉しいです。

 

 

 

 no.1 夢の国へのパスポートを手に入れた 

 

 

私の地元男鹿半島は山と海と田畑に囲まれたど田舎

引用元おいでよ男鹿(@oideoga )

 

家の周りは一面田圃だし、自転車で10分のところにある海は夏でも人少ないしコンビニやスーパー、最寄駅は車で15分かかるし、バスは一日に約2,3本。ゲームセンターや飲食店なんて徒歩圏内にあるわけないし、中学生のころ遊ぶとしたら公園か学校、市民体育館...。

 

高校生活ではもっと広い世界が見たくて秋田市内の高校を受験。無事、合格しまるで夢の国へのパスポート(秋田駅までの定期券)手に入れた気分。これから毎日あの大都会へ足を運べると考えたらうきうきで夜も眠れなかった。

 

そして案の定、私は「JK」というブランドを武器に友達と遊びほうける毎日。高校1年の春から入っていたバスケット同好会も、けがを理由に辞めたが実際は部活に入っていない子と遊ぶほうが楽しかった。

 

毎日なにをするわけでもなく駅にある「きらめき広場」という、如何にもおばかな若者がたむろしそうな場所で学校の話や恋バナ、悩みなどを外が暗くなるまで永遠と語り合う。たったそれだけのことだったが、市内のお洒落で可愛くてませている子の話を聞くのが楽しくてしょうがなかった。

 

 

 

no.2 なんで、どうして、自分の生まれを憎んだ。 

 

ただ一つ、悲しかったのが終電車の時間と家までの帰宅手段だった。私の家の最寄駅までいく終電は22時47分発の男鹿線下り。最寄である船越駅着は23時26分。*1

 

関東圏に住む高校生から見たら「終電の時間は確かに早いけど次の日学校だって考えたら妥当じゃない?」と思うのかもしれない。だがこの電車で帰るということは、つまり両親に23時半くらいに駅まで車で迎えに来てもらわなければいけないということになるのだ…。

 

私には弟が2人。当時、二人とも野球部ということで母親は毎朝5時に起きてお弁当や朝ごはん作り。父も朝早くから田んぼや畑に出て仕事をしていたので終電で迎えに来てもらうのはとても億劫だった。

 

しかしその一本前の電車となると21時31分。(1時間に一本というダイヤは田舎あるあるかもしれない)秋田市内に住む友達がまだ遊んでる中、なんで自分だけが…どうして先に帰らなくちゃいけないんだろう…自力で帰れるのであれば終電でも気兼ねなく遊べるのに…。と田舎で生まれた自分をひどく、憎んだ。

 

イメージ 2

引用元男鹿線直通 普通列車(1132D/1136D) ( 鉄道、列車 ) - 秋田こまち通り鉄道撮影記 - Yahoo!ブログ

 

 

 no.3 ああ、なんだ、こんなもんなのか。

 

 そんな風に、学校の勉強もろくにせず毎日遊んでいたらいつに間にか定期テスト学年ワースト50入り。300人いる中で250位以下という中学時代では考えられない順位を叩き出してしまった…。

 

毎日部活に励んでる人より点数が悪いってやばい…。と思い勉強しようと試みるも時すでに遅し県内1の進学校だっただけあってもう授業に全く追いつけず頭の上はクエスチョンだらけ。

 

高校1年生の夏がおわりを告げる頃、私の中のスイッチが急に押しかえられたかのように唐突に友達と夜遅くまで遊ぶことに飽きた私

 

「ああ、なんだこんなもんか。」。そのときから夢の国へのパスポートが悪夢の館への強制連行証へと変わってしまったのだ。

 

あれほど遊んでたのがウソのように放課後すぐに帰宅してはインターネットの世界に入り込みアメブロやグルチャに入り浸る。

 

気づいたら朝になっていたことも。完全なる現実逃避だ

 

そんな平凡でつまらない私の人生は、ある一人の人物との出会によって180度変わったのだった。

 

 

 next.『だってつまんないんだもん。』は自分がつまらない人間だっただけでした。『楽しさ』は自分次第。~第2話 出逢い。

 

 

*1:※現在のダイヤ。